長寿の鍵は未病にあり

長寿の鍵は未病にあり
~都島先生大いに語る~


ゲスト
日本未病システム学会理事長
都島 基夫



ホスト
財団法人緒方医学化学研究所常務理事 佐賀大学名誉教授
只野 壽太郎




只野:今日はお忙しいところ、ありがとうございます。この対談では先生が今、熱心にやられている「未病」についてお話をうかがいたいと思います。まず初めに、先生が大学をご卒業されてから今までの経歴、循環器を選ばれた理由などをオリエンテーションとしてお聞かせ願えますか。


患者を治療できないジレンマから高脂血症との出会い

都島:父が内科医だったので、私は違った分野の外科医になりたかったのですけど、お前みたいな不器用なのは外科に向いていないから内科へ入れと父にいわれ、慶應の神経内科(相澤内科)がいいというので入局しました。

只野:相澤内科ではどのようなことを研究されていましたか?

都島:希望を持って入局したのですが、臨床で失望したことがあります。それは、脳卒中や神経変性疾患などの患者さんがいても、それを治してあげられないということです。私が主治医をしていると偉い先生が週に3回ほど回診にやってきて、この患者はここが悪い、あそこが悪いとおっしゃるのですが、症状はよくなりません。むしろ変性疾患ではどんどん悪くなっていく一方です。

患者さんを治せないで悩んでいたとき、以前循環器内科をやっておられて、相澤先生に付いて東邦医大へ行かれ、その後神経内科に助教授として相澤豊三教授と一緒に戻られた五島雄一郎先生(東海大学名誉院長故人)が助教授でおられました。その下で私の最初のオーベンの中村治雄先生(三越厚生事業団常務理事、前防衛医科大学校教授)が高脂血症を研究しておられました。その当時はやっとトリグリセライドを測ることができるようになった頃で、高脂血症の講義(クルズス)を毎週聴いていました。

只野:当時はトリグリセライドの化学的測定法が主流で、酵素法がやっと開発された頃ですね。

都島:そうです。講義を聴くうちに「これは新しい学問だ。これだ!」と思い、動脈硬化を中心にした研究を始めました。そうこうしているときにテニス部の先輩の先生が研究室におられ「僕の仕事を手伝え」と言われ、慶應コホート疫学の手伝いが研究の始まりでした。初めてコホートへ行くとき、地域最高のホテルでおいしい食事を食べさせてもらい、それにつられてしまいましたが1回こっきりで、あとは田舎の駄菓子屋の2階とか、民家で民宿とか。その当時は久山町スタディだとか、それから木村登先生の Seven Country Study などが有名でした。疫学、それも高脂血症の疫学をやっている所は少なかったですね。疫学では小町喜夫先生が君臨され、私が初めて学会発表したときに座長をされて、田舎の疫学調査では「コレステロールや蛋白が低い人に脳卒中が多いのに、君たちはなぜ高脂血症の疫学なぞやるのか」と、学会場で叱責されました。私は「臨床の場では、太ったすき焼き屋の親父が脳梗塞であったり、高脂血症で心筋梗塞の人がいます。外国からの脂肪公害が都市から始まりだんだん農村へ移っていく、20年先を見すえています」と答えた覚えがあります。私たち世代はインターン闘争のおかげで「天皇」とも対決して議論できたんですね。入局後2年間は先輩の先生の仕事を手伝って手ほどきを受け、オートアナライザーでコレステロールなどを測定しました。凍結血清を解凍してそのまま測ると、上層と下層でコレステロール値が150mg/dLも違うこと、赤血球を溶血させると20mg/dL前後の変化をみました。そうこうするうち、その先輩は相澤教授が定年退任される際に「僕、もう辞めるから」と言って論文をまとめ、博士号をもらって辞められてしまい、結局、私がその仕事を引き継ぎ、疫学調査を続けました。入局4年目で疫学主任にされてしまいました。

先輩の秦葭哉先生(杏林大学医学部高齢医学客員教授)がこの疫学研究の創始者ですけれども、秦葭哉先生がコレステロール220mg/dLということを疫学調査で実証されて当時留学されており、中村治雄先生が、ちょうど今のレムナント、当時は電気泳動で中間帯が出る値が、その当時はTG110mg/dL、今の酵素法では140~150mg/dLの間なので、その値を高トリグリセライド血症の正常上限にしよう、ということで先輩の先生と2人で実証したわけです。


トリグリセライドとHDLコレステロール上限値の検討

只野:結果に大変興味がありますけれども、どのような調査をされたのでしょうか。

都島:疫学聴き取り調査で食事分析した結果、例えば砂糖を30g以上摂る高トリグリセライド血症の人では摂取量と正相関してTGが上がる。TC150mg/dLを境界にして分けて家族の脳卒中の発症調査を行うと、IIb、IV型という高TG血症では発症が多い、肥満はないが欧米型メタボリックシンドロームですね。血中と臀部脂肪の脂肪酸をガスクロで分析してTGと脂肪酸の関係や食事の指導による影響を調べるなど、いくつかの調査を行いました。高TG血症では血中パルミチン酸比が高くリノール酸比が低い。このレムナントが出現する値の150mg/dLを境界値にした疫学調査の結果が今のガイドラインに反映されています。

只野:HDLコレステロールはどのような方法で測定されましたか?

都島:HDLコレステロールは、当時は超遠心法という面倒で時間のかかる方法でHDLを分けないと測定できなかったのですが、1977年にヘパラン硫酸やリンタングステン酸を使った沈殿法でHDLを分離して測れるようになりました。突然の五島教授の指示で、ヘパラン硫酸法、リンタングステン酸法、デキストラン硫酸法などの方法論をまず検討し、それから疫学の検体とドック受診者のHDL−Cを測り、昭和53年(1978)日本循環器学会で最初に発表して、その後老年医学会誌、欧文誌 Atherosclerosis にも掲載されました。諸外国では最近まで境界値が35mg/dLだったのですが、日本では40mg/dL以下で動脈硬化性疾患やその危険因子の高血圧、糖尿病、喫煙者に多いという疫学的検討結果を出し、この値が現在のガイドラインになっています。外国のメタポリックシンドロームのガイドライン値も数年前からこの値になりました。私は学会報告して6月から留学しましたので、これらのデータは製薬会社のコンピュータに入れ込んで、まとめは若い先生方に託しました。


高脂血症と血栓との関連

只野:動脈硬化性疾患と深く関連する血小板凝固の検討はどのようになされましたか。

都島:僕らはこのコホートで高脂血症の人に抗脂血薬を授与しました。これは今でも日本で唯一無二の高脂血症住民に active と placebo を用いた治療研究です。近くの病院、クリニックのお医者さんと協力して、その当時はコレステロールに一番良く効く薬で、蛋白同化ステロイド通常使う1/10量を含む合剤のアルトロンという薬物を使い、外見上見分けがつかないプラセボとしてリノール酸300mgを含む同形のカプセルを投与しました。7年間、160人に実薬投与、160人にプラセボを用いました。アルトロンはコレステロールが一番よく下がる薬ですが、肝障害予防のためにα−トコフェロール50mgが合剤として含まれていました。動脈硬化性疾患をずっとフォローアップするに当たっては、高脂血症だけでなく、血栓が病気の発症因子で重要というので、血小板凝集能をコホートで測定しました。

慶應大の池田康夫教授(血栓止血学)のいた教室で血小板凝集能測定法を習って、五島教授に測定機器を買っていただき、住民の血小板凝集能をコホートですべて自分で採血、処理して測定すると、総コレステロール値とADP2.3pMによる血小板最大凝集率がきれいな正相関関係にあり、コレステロールが高いと血小板凝集能が高いということがわか。ました。さらにフィブリノゲン量や euglobulin lysis time という線溶能を測定しました。トリグリセライド値(TG)はフィブリノゲンと正相関することをこの時見出しました。このグループの160人ずつを比較検討した7年の結果では、実薬群で総コレステロールを下げることによって、脳梗塞と心筋梗塞の発症1カ月以内の急性期死亡率が有意に減るということを確認でき、私の博士論文になりました。この結果を1974年の日本循環器学会の初めて高脂血症を取り上げたシンポジウムで発表し、その翌年、内科学会のシンポジウム「脳卒中」でも血栓と脂質の関係を中心に発表しました。このように若い頃は、新幹線のない時代に新潟、岩手、秋田の県境、南伊豆の3カ所のコホートを、土日を使い疫学調査で飛び回り、病気にしない重要性を学ぶとともに住民教育をし、高脂血症と血栓の関係を見てきました。子育ては妻に任せたのでいまだに頭が上がりません。


病気にしない医学を志す

只野:やはり高脂血症は未病の世界ですからね。そうすると、先生と未病の出会いは、医局に入ってから始まったということですか?

都島:私は当初の神経内科での経験から、病気にしない医学が大切だということを考えていました。HDLの疫学研究時に悪玉のいわゆるnon-HDLコレステロールとHDLコレステロールの比率 atherogenic index (動脈硬化指数:AI)という概念【表1】を発表したとき、先輩の秦葭哉先生から「君、どうして atherogenetic と言えるのだ? ただ、断面調査やっただけでHDLが低いのが、心筋梗塞だとか脳梗塞だとか高血圧だとか、それから喫煙者が多いということだけで、なぜgenic(原因)って言えるのか」と言われました。



動脈硬化測定機器の開発秘話

只野:それが契機となってPWV-ABI〔動脈硬化測定:ABI(Ankle Brachial Index)/PWV(Pulse Wave Velocity)〕の開発に繋がったのですか?

都島:循環器病センターへ行く際、秦先生から、これは君の国立循環器病センターでの解決すべき宿題だと言われて始めたのが「動脈硬化の非侵襲診断」です。早期の動脈硬化を「頸部エコー」で測ることから始めました。今はどこでも動脈硬化の診断に使われていますが、当時の頸部エコーは脳卒中発症のリスク診断でした。今、広島大学神経内科の教授である松本昌泰先生と当時頸部エコーの研究会を作って、阪大と国立循環器病センターを中心に検討を始めました。

そのときに動脈硬化という病態を、この頸部エコーの検討で勉強しました。この結果は河盛隆造教授(順天堂大学代謝内分泌学)が糖尿病で発表されました。次に私は大動脈のX線造影、単純CTを撮って、血管壁の wall thickening calcification を計測して動脈硬化の指標を作ったり、大動脈の脈波速度の測定を行いました。私の発案で当時の千葉大稲垣義昭教授、独協大吉村正治教授、国循の尾前照雄院長といった先生方に世話人になっていただき、動脈硬化症非侵襲診断研究会を作り検討しました。このように動脈硬化の非侵襲診断で動脈硬化の進行をみてHDLCの役割をみることを始めました。

この動脈硬化を実際に見ていくなかで、今よく使われているPWV-ABI(脈波伝搬速度)の機器を作ったのです。日本コーリンが、トノメトリー法の血圧計を持ってきて、患者を裸にしないで動脈硬化を測れないかということで1992年に受託研究として始めました。最初は橈骨動脈と足背動脈で動脈脈波速度を測りました。脈波伝播速度は血液が心臓から出てどう伝わっていくかということをみるものです。腕と足の脈波速度が大動脈脈波速度と非常によく相関するということで、これは使えるということになりました。その後橈骨動脈を上腕動脈に変えて、血液が心臓から腕へと行ったのと、心臓から足へ伝播した差をみているのですけれども、これは大動脈脈波速度と非常に良く相関することから、裸にしないでも血管の硬さ、老化現象を測れるということになり、今の機器ができたのです。さらに頸動脈脈波の検出測定機器の改良を私たちの紀勢町の住民健診で3年かけて行い1998年完成したものです。その後も大動脈脈波速度との比較検討したデータを持っているのは私のところだけだと思います。このように循環器病センターにいるときに動脈硬化の非侵襲診断ということと、脂質血小板の臨床をやっていました。


動脈硬化とHDLとの関連

只野:先ほどHDLコレステロールについておうかがいしましたが、動脈硬化があるとHDLコレステロールが低くなるのは原因でしょうか、あるいは結果でしょうか。

都島:今のHDLコレステロールは高いか低いかというところから始まって、いろいろ検討したのですけれども、結局、HDLコレステロールが低いのは atherogenic だけでなく、 atherosclerosis の結果でも起こると思います。要するに、動脈硬化があると微小循環が落ちてTGの分解に伴うHDLの成熟が悪く、HDLコレステロールは低くなります。原因だけでなく結果でもあるのだということを結論として出しました。1994年から、微小循環が悪いとメタボリズムが悪いことを perfusion metabolism theory と言っています。これに関連して血小板だとか粘度だとかということにも、相当興味持って検討してきました。


EPAの開発に携わって

只野:先生はEPA(eicosapentaenoic acid)の開発にも携わったと聞いています。エイコサペンタエン酸(EPA)には、血小板を凝集させる物質の生成を抑えて血液をサラサラにする、血液中の悪玉コレステロールや中性脂肪を減らして善玉コレステロールを増やすなどの働きがあり、動脈硬化、脳梗塞、脳卒中、血栓症、高脂血症、高血圧といった病気の予防、改善に役立つと言われていますが、その点についてお話をうかがえますか。

都島:EPAは、主として慶應大五島雄一郎先生と千葉大熊谷朗先生で高脂血症薬としての開発をしたのですが、私と千葉大学にいた田村泰先生(助教授)とで、秦葭哉先生の指導のもとEPAの研究をしました。その間にEPAと閉塞性動脈硬化症(ASO)との関連のデータが先に出てしまいました。EPAを投与するとASOの症状が良くなるのです。僕らは血小板とか、血液粘度とか、赤血球の変形能とかを測ったのですが、結局、EPAは膜の脂肪酸成分が変わり流動性を良くすることがわかりました。要するに、n3系多価不飽和脂肪酸が増えてくると流動性が良くなり、血液粘度が低下し、毛細血管の微小循環が良くなります。

一方、脂質が改善することについては、それほど著明な結果は出ませんでしたが、TGが下がり、HDLは上がるという結果は出ました。血小板凝集能はEPAの血中濃度が5mol%になってくると、血小板凝集能が下がってきます。イヌイットの疫学でもこういったことは証明されていますけども、僕らも同じようなデータが出て、血小板凝集能も良くなって、血液がサラサラになり、循環が良くなります。


抗高脂血症薬剤と脂質との関係

只野:抗高脂血症薬剤と脂質との関係はいかがでしょうか。

都島:脂質とどういう関係があるのか、ということも1つの命題です。例えば、メバロチン®(プラバスタチン)ですがこれを授与するとなぜTGが下がって、HDLコレステロールが上がるのかということや、朝まで飯を食べてないのになぜTGが朝600mg/dLにも700mg/dLにもなっている人がいるのか、ということはきちんと説明がついてません。このように、脂質代謝が既にすべてわかっており、当たり前のような顔しているのですが、このようなブラックボックスがまだたくさんあります。

只野:脂質代謝と凝固との関連ということでしょうか?

都島:そうですね。こういったことを何か一元的に解決できないだろうか、ということを考えました。それは循環ではないか、循環と代謝の両方を研究している人が少なく、高血圧、糖尿病、高脂血症を研究している人は、代謝、分子化学ばかりを深くやって、循環を知らない人が多いのですが、この両方を結び付けた研究が当時はほとんどありませんでした。

私は幸いなことに神経内科から代謝に移り、循環器病センターにいて、循環器疾患と代謝異常を持つ患者さんをいっぱい診させていただきました。しかももっと幸いだったことに、神経内科の澤田徹部長が慶應大神経内科の先輩で、東京都済生会中央病院時代の神経内科の主任で脳アンギオなどの手ほどきを受けた先生でしたので「君は相澤内科だから脳内科の初診をやれ」と言われて、赴任してから私は脳内科外来の初診をやらされました。本当は代謝内科で行ったのですけど、脳の患者さんをたくさん診ることができました。


HDLが高い人は運動する人と適度な酒を飲む人

只野:脂質代謝から脳内科、循環器といった展開ですね。

都島:そうなのです。6年くらい脳内科の初診をした後、今度は心臓の先生が辞められて人手不足になり、次の数年間は「心臓の初診をやれ」と言われて、その後は心臓の患者さんの初診をやらされました。循環器の患者を診ながら、糖尿病や高脂血症があれば、再診は自分の外来で診たため、循環と代謝を同時に診ることができました。約20年あまり循環器病センターにいたのですが、糖尿病(代謝)の初診をするようになったのは最後の5~6年だけで、循環と代謝を密接に結び付けることができたことは非常に幸いだったと思います。

HDLコレステロールが低い人は、結局は喫煙であり、高血圧であり、動脈硬化性疾患の人であり、中性脂肪が高い人や糖尿病の人であることが推測できました。これらはすべて末梢循環が悪くなる病態です。HDLコレステロールが高い人は、よく運動をする人と適度に酒を飲む人で、要するに微小血管が開いている人はHDLコレステロールが上がっているということです。

トリグリセライドが分解異化されることによるカイロミクロンの半減期は数分以内だといわれています。だから朝飯で油を摂っても、普通の場合には昼にはもうカイロミクロンはないのです。それなのに、TGが食事をしていない朝上昇して600とか800mg/dLになっているのはなぜだろうか、ということでHDLを中心にしてメタボリズムと循環をいろいろと検討してきました。その中で perfusion metabolism theory という理論は、どこからもこれに反論ができないぐらい合理的なデータが出るのですね。


Perfusion Metabolism Theory とは

只野:先ほどからperfusion metabolism theoryという話題が出ていますが、これについて少しお話いただけますか?

都島:私は疫学を研究していたので、前任の伊勢慶応病院内科の川村顕教授が国立循環器病センター赴任直後に、伊勢で疫学研究をしたいので手伝ってくれと言われ、するのであれば動脈硬化の疫学をやろうということになり、国循と慶應のメンバーで紀勢町疫学研究を20年間継続することになりました。ここでは頸動脈エコーだとか、ABI-PWVの機器開発もしましたが、はじめはQFM(脳頚動脈血流測定装置)という頸部の血流を測ることによる血流速度、血管抵抗、血管径を測り動脈硬化をみるという機器で検討しました。

頚動脈の血流を検出して、血流速と血管径に分けて測ってみますと、男性の場合が特にそうなのですが、TGが高いと血流速が遅いのです。その代わりに血管径が開いていて血流量は正常になっています。これは高血圧、高齢の人でも同じパターンになっています。ヘマトクリットが高い人、血液がどろどろの人は同じように血流速が遅くて血管径が広いのです。健常者では血流量はどの人もほとんど一定なのです。年を取っても若くても高血圧があっても、血流量は変わっていません。脳卒中の患者さんでは障害側で血流量が低いのです。もう1つ、昨年日本未病システム学会の会長をされた松本正幸(金沢医科大学名誉教授)先生が、QFMで認知症の人で脳血流量を測定してみると、両側ともすごく低いことがわかりました。認知症の場合、恐らく脳萎縮で血流量が要らないから低くなっているのではないかと思います。原因か結果かわからないのですけれども、どっちでもあると思います。

只野:血流量と疾患との関連は大変興味があります。認知症患者の血流量がものすごく低いことは理解できます。


代謝と血流量との関係

只野:代謝と血流量は何か強い関連があるのでしょうね。

都島:血流と代謝とは絶対に関係があると思って、いろいろ検討してきました。TGが高い人について心筋PETで心筋血流量を見たのです。リピトール®(アトルバスタチン)が出たときに、それまで使っていたプラバスタチンとコレステロールに対する効き方が違うので、薬を一度止めアトルバスタチンに変えると心筋の血流量が変わるのではないかと考えました。3年前の日本循環器学会で fire sight researchに選ばれました。そのときにわかったことは、アトルバスタチンでコレステロールを下げてやると心筋の血流量は良くなるのです。だけども家族性高コレステロール血症(FH)の人では、おそらく動脈硬化がかなり進んでいるのでコレステロールを下げても血流は良くなりません。普通の高コレステロール血症の人は良くなります。

そのデータをよく見ると、TGが150mg/dL以上の人はPETで見ると心筋の基礎血流量やペルサンチン負荷後血流量が少ないということがわかりました。アトルバスタチンでは血流量が良くなっているからTGが下がっているのです。


血液の粘性について

只野:それは先生、血液の粘性の問題なのですか?

都島:それもあるかもしれません。

只野:脂が多いということですか。

都島:血液の粘度というのはすごく大切です。TGに関しては高TGでは凝固VII、IX因子、線溶を制御するPAI-1などが高くなり、慶應コホート研究でもTGとフィブリノゲンとの正相関を示しました。フィブリノゲンは粘性に影響を及ぼす液性因子として重要なものです。もう1つは血球や血管の膜の性状です。コレステロールを下げてやると膜の流動性が良くなる。なぜスタチンにTGやHDL-Cに対しても効果があるかっていうのを、ちゃんとした答えを出せる人は少ないです。こうしたものを pleiotropic effects としています。私たちは血小板機能の測定をしていたのでよくわかりますが、「故きを温ねて新しきを知る」といっているのです。血小板と脂質に関することは昭和40年代から50年代初頭に盛んに研究されているのです。

この pleiotropic effects は本来の作用、コレステロールが下がったことで説明がつきます。要するに、膜の流動性は膜の組成、リン脂質/コレステロール比やリン脂質分画の不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸(P/S)比の影響を受けています。コレステロールを下げてやることによって、リン脂質/コレステロール比が上がってきて、膜の流動性が良くなるから血小板凝集能も良くなり、血液粘度も下がる、血液の流れも良くなる、ということは昭和40年代にわかっていたことで、 pleiotropic effects ではありません。

只野:血管の弾力をよく開くとか、よく縮まる、と言いますが、一方では赤血球の弾性を高めれば、当然、末梢まで血液が通りやすくなります。

都島:血液がよく流れますからね。これは血栓を防止します。

只野:そういう考え方ですね。だいぶ前になりますがイヤトロスキャンというのがありまして、これは石英の棒にシリカを塗り付けて、それに脂質を展開させて、燃焼させます。燃焼した炎の色から脂質の構成を見るというもので、ヤトロン(現在は三菱化学メデイエンス)という試薬会社が作りました。これをNIHに持っていったときに、アメリカでは赤血球膜のリン脂質の分画をするとどうも粘性に関係があり、それが血行に影響するようだと言われました。動脈硬化と心筋梗塞ですけども、10数年前、血球の脂質が大いに関係があるのではないかということを暫くやっていましたが、脂質をやる人っていうのは、あまり追究しなくなってしまいました。それから血小板自体の研究は、凝固専門家は過去の話にしています。今、凝固の研究している方々の頭には血小板は最初から入ってないから、結局、“脂屋さん”は脂屋さんで全然別なことをやっているので、先生が言うようにストーリーが繋がらないのです。

都島:ええ、繋がってこないのですね。例えば、家族性高コレステロール血症(FH)の洗浄した血小板と、正常の人の血漿を混ぜてやると、血小板凝集能は下がります。逆に正常人の洗浄血小板をFHの血漿と一緒にインキュベーションすると、膜のコレステロールとかリン脂質の転送が濃度勾配的にすごく速く起こり、すぐに血小板凝集能が上がるというようなデータが昔からあります。


血小板とリボ蛋白リパーゼとの関連性

只野:血小板とリボ蛋白リパーゼとの関連性をもう少し詳しくお話しください。

都島:昭和40年代から50年の初めにかけて、こういったことが検討されていました。私も留学したときは血小板とリボ蛋白リパーゼ(LPL)の研究をドイツでやっており論文を出していますが、コレステロールほど顕著ではありませんでした。留学先のドイツ人ドクターが、アメリカ留学中の研究で末梢性リボ蛋白リパーゼ(LPL)を世界で初めて分離精製して、昭和52年当時は最先端であったその分子構造まで決定して有名雑誌に論文を出していたので、その研究のために治安も安全な西ドイツを留学先に選びました。そこでLPLと肝性リパーゼ(HTGL)の精製をコンカナバリンAやヘパリンなどのいくつかカラムなどを使った工程で教えられた通りに分離精製しました。精製したLPLを使って、血小板と孵置(インキュベーション)しますと、コラーゲン凝集など血小板凝集能が低下することを見出しましたが、トロンビン凝集を行ったところ、LPLとインキュベーションしたものではバッファーと比べ、血小板が凝集した後で起こるフィブリノゲンがフイブリンに転化して起こる凝固までの時間が長いのです。これをできたばかりの抗アンチトロンビン製剤を適当量で中和してやると、凝固時間はバッファーと同じになりました。それでもまだ血小板凝集能は下がっていました。しかし、精製純化したLPLにはトロンビンを中和するアンチトロンビンIIIが混和していたことになり、英文雑誌に投稿した論文が問題視される事件になりました。アンチトロンビンIIIが発見されたばかりの時代で、分子量もLPLとほぼ同じであるので、ひょっとすると同じものかもしれないと思い、タイプI、Vのカイロミクロンの高い、LPL活性の低いヘテロ型の患者のアンチトロンビンIIIも同時に測定すると、これらの患者でもやはりアンチトロンビンIIIが低いことを見出しました。LPLもアンチトロンビンIIIも毛細血管でともにヘパラン硫酸に結合しており、ヘパリンで静脈中に遊出してきます。結局、収量がATIIIとLPLが異なり、後に分子構造も違うことがわかり、contamination、別物ということで一件落着しましたが、血栓、脂質代謝、循環など、発症に関与するものを広く見るということは、臨床家としては病気や生体全体を見るのに必要であり、未病医学を志す人にはこうしたなかでサイエンスをしていただきたいと思います。

こういった境界領域を本当に深く研究している人が少なかったことも確かです。これは狭い範囲を研究する分子生物学者の多くは、臨床家というより生化学者で、臨床をやっていると、患者という個体の病因解明にはみんな結び付けてものを見ていかないと、病気の発症に繋がる本体を見失う可能性があります。循環器疾患の発症には、体質、人種、生活習慣、それに伴う血圧や脂質などの未病状態に伴う動脈硬化の進展に加え、血栓、血管の反応等の発症因子などが複雑に絡んでいます。私は、先端医学の研究も大切ですが、これを臨床に応用し、疑問が生じたら再度研究室レベルに持っていって研究するキャッチボールが臨床研究には最も大事なことと思います。ほんの一部の変化だけを見て、もっと大きな変化を見失っているのではないかという気がします。また、学会の方向性にも問題があり、最新の知見に関する研究以外は雑誌でも学会でも取り上げない。古い研究での大切なものが見落とされていることも多いようです。

私が提唱している perfusion metabolism theoryに関しては、中性脂肪を分解する末梢性リボ蛋白リパーゼ(LPL)を私の患者さん約3,000人で測定するとともに、肝性リパーゼ(HTGL)も測定しました。ドイツから帰国後、LPLとHTGLの測定系の開発は循環器病センター研究所、山本章、池田康行先生と私たちが協力して行ったものです。HTGLの測定は世に出ていませんが、私たちはLPLを測定して病気との関係をみました。

LPLは毛細血管の細胞の近くでヘパラン硫酸と結合して待ち受けていて、そこに中性脂肪を含むカイロミクロンやVLDLが来たときに中性脂肪を分解異化します。教科書によるとTGが異化してなくなったときに、風船の空気が抜けたようにVLDLが縮まってVLDLのアポ蛋白やリン脂質やコレステロールを、肝臓で作られた原始HDLに渡すと、成熟したHDLができ、動脈硬化巣などに蓄積したコレステロールの抜き取りが強くなります。これは名古屋市立大学の生化学の教授である横山先生が国立循環器病センターにおられるときからHDLの構造の研究を一生懸命されており、彼がカナダの教授になった際、国循グループの原君が留学して原始HDLではコレステロールの抜き取りが悪いことを示しました。成熟HDLになるとコレステロールの抜き取りは数倍良くなるとのことです。

そのようなことからVLDLが異化されてレムナントやLDLになるときの蛋白部分が渡された成熟HDLになっていればコレステロールが抜き取られて動脈硬化は進行しませんが、中性脂肪が高い人ではHDLコレステロールが低く、TGの異化が進んでTGが下がってくるとHDLコレステロールは上がります。

この毛細血管でヘパラン硫酸に結合してTCを待ち受けているリボ蛋白リパーゼLPLの測定方法は、ヘパリンを静注するのです。私がドイツ留学中は体重1kgにつき(/kgbw)、50単位のヘパリンを静注し、10分後に採血してその活性を測定しました。10あるいは30単位/kgbwの静注との比較検討では、10~15分位のピークでのLPLの活性は、どの量でもほぼ同じでしたが、静脈血中からのLPL活性の消失はヘパリン量が少ないと速く、私たちは今30単位/kgbw、10分たってから採血、現在は2抗体法で蛋白量を測定します。

只野:LPLは血中に遊離の状態で極めてわずかしか存在していないため、ヘパリンを静注することにより血中に遊離させるのですね。体重1kg当たり30単位を静注して10ないし15分後に採血しますね。


カイロミクロンとLPLとの関連

只野:カイロミクロンとLPLとの関連はいかがでしょうか。

都島:カイロミクロンが高い人ではLPLの活性がないと考えられがちですが、そうではありません。糖尿病でなぜTGが高いかという原因に、インスリンが足らないとLPLの活性が低下するとされていますが、そういうことはありません。私たちの検討では、ヘパリンを静注してヘパラン硫酸に結合したLPLが静脈中に出てくると、10分間でTGが“すーっ”と分解するのです。そのときに遊離脂肪酸(FFA)はたくさんできます。それを見ると、ヘパリンを静注してやったときのTGの10分間の異化率が出ます。カイロミクロンが高いⅤ型高脂血症という人は、きちんとLPLの活性があります。TGが高い程10分間のTGの異化率は高くなります。

すなわち、TGが高い人ほど、10分間のTGの低下する量ATGが多く、その結果生じるAFFAが高いのです。この前借のTG値とTGの低下量ATCとの間にはLPLの量に関係なく相関してきれいな直線に乗ります。これはLPLの活性があり、きちんと働いていることを示しています。したがって糖尿病だから活性がないということはありません。また、LPL値が半分程度であっても活性はありTGは異化します18)。これからは私の仮説なのですが、カイロミクロンが残ってTGが高いのは、一部はLPLの欠損の人もいますが、大部分はTGがLPLの待っているところに流れて行かないのではないかと思われます。これは細動脈と細静脈の間にシャント(A-V shunt)があって、微小循環が悪いとカイロミクロンやⅥ一DLといったTGリッチなリボ蛋白がLPLに達する前にこのA-V shuntを通って静脈へ流れて異化されないのではないかと推測されます。呼吸器疾患では、酸素とC02との交換が上手く行かない例では肺の末梢にシャントがあるとよくいわれています。もし末梢にシャントがあったとすると、血液の流れが悪くなるとTGは高くてHDLは低いというデータが出ると推測できます。先に述べたHDL-Cが低い人は、喫煙者、高血圧者、糖尿病者、動脈硬化性疾患の既往のある人で、タバコを吸っている人はTGが幾分高くなっています【表2】。



高血圧症は微小血管の循環が悪い

只野:血液の流れについてお話いただけますか?

都島:これは原納先生と一緒にやった研究ですが、高血圧で高脂血症がない人、糖尿病がない人、しかも肥満がない人、要するに高血圧以外はみんな正常な人の脂質動態をみました。対照には高血圧もない正常者と比較しました。高血圧というのは毛細血管がしまる、抵抗血管がしまる病気だということ、そこの流れが悪いということで、血液を卓上超遠心法でVLDL、IDL、LDLに分け、アポB蛋白、コレステロール、TGなどを分析してみました。この対照は高脂血症がない肝臓でのTGの合成が正常な人です。その結果は、高血圧ではVLDLは正常範囲内ではあるがTGが高いのです。それからIDLのコレステロールが高く、HDLのコレステロールは低い。そのため動脈硬化指数(atherogenic index)だとか、小粒子LDLの指標が高値というデータが出ました。高TG血症やメタボリックシンドロームと同じようなパターンが、単純な高血圧だけでも起きているのだということです。私の微小循環代謝説からいくと、高血圧というのは微小循環が悪いので代謝が憩いということになるわけです。さらに共同研究者である洪秀樹君の外来高血圧患者でのクロスオーバー試験で降圧効果は同じα1ブロッカーであるプラゾシンとサイアザイド系薬物投与時の脂質の変化をみたところ、血管拡張作用のあるα1ブロッカー投与時で有意のTGの低下とHDLコレステロールの上昇をみました。さらに、鈴木正昭君らは同じグループでインスリン抵抗性を原納先生が開発されたSSPG法という方法を使って入院外来患者で検討した結果、全くTGと同じ傾向をみております。

A-Vシャントに話題を戻しますが、こういったデータを基にしてシャントの存在があれば、VLDLが静脈血へ行ったときに酸素の細胞への受け渡しが落ちているのではないかと考えました。微小循環が悪かったら、A-Vシャントがあったら、酸素もそちらに流れていっちゃうんじゃないかということで検討したのです。静脈中の酸素分圧PVO2と静脈中のTG値との関係ですね。そうすると思った通りのデータが出て、TGが高い人はPVO2も高いのです。要するに、酸素もこの末梢細胞にシャントを通って静脈血中に戻っている可能性があるのです。

只野:毛細管の動脈、静脈の間のシャントは、化学的なシャントですか?

都島:解剖学的か化学的かまだこれはよく分からないです。このシャントをどのように解明しようかと検討しています。例えば指先の毛細血管を見る機器、「血管美人」を使って数値化できないだろうかと思っています。これを使ってタバコを吸う人の毛細血管を見るとズタズタに切れているのがわかります。しかし、シャントの血流を見るというのは非常に難しいです。

只野:難しいでしょうね。

都島:難しいのですがシャントの血流を見られる機器ができたら面白いと思います。肺のA-Vシャントというような同じ考えで、松尾汎先生と肺シンチグラムやRIなどを使って微小循環測定を検討したことがありますが、どうもいいデータが取れませんでした。何かいい方法ないですかね。

只野:ここまでは特に循環から脂質に関するお話をおうかがいしましたけれども、話題を変えて、未病についての先生のお考えをおうかがいしたいのです。現在未病システム学会の理事長をされていますが、そもそもこの学会が生まれた経緯、今、どんな活動しているか、それからこれからどういうことを考えているかということを、ご説明いただけますか。

まず未病に対する先生の哲学をお聞かせください。


未病に対する哲学

都島:私の医学哲学は、病気は治らない、病気にしちゃいけないということです。今、医療費の個人負担がどんどん高くなって来ています。医療費が高くなるということは、誰もが格差なく受けられる保険制度が崩壊するということです。これとは逆にアメリカはいま一生懸命にその保険制度を作ろうとしています。日本で誰でもが安いお金で医療を受けられるような制度を作ったのは武見太郎先生なのです。学生時代、武見先生の講演を聞いたのですが、すごい視野の広い、人間のスケールが大きな人です。日本の保険制度をなくしてはいけないと思っています。

只野:確かにそうです。私は東海大学にいたときに武見太郎先生が講演に来られて、新設医科大学を創ったときに、世間は開業医の息子の救済策じゃないかって批判したが、それは違うのだとお話しされました。つまり、東京都で100円健康保険料を払うと少なくとも80円は返るけども、他の、医科大学のないところでは同じ保険料を払っても、30円ぐらいしか返ってこない。つまり医療水準に格差があるので、医科大学を創れば必ずいい人が集まってきて、医療が変わるだろうとお話しされました。その100円が80円になるかどうかはともかくとして医療水準は上がるはずだっていうのです。日本の保険制度が日本の医療水準を全体に普及して上げたといういい例だと思います。


未病システム学会の設立の経緯

都島:格差なく受けられる医療を守っていくためには、少子化対策と未病対策が大事になってきます。病気にしない医療というのは、みんなが生き生き85歳、長寿を幸福と感じる社会づくりということを考えて、日本未病システム学会(http://www.mibyou.gr.jp/NIHongoindex.htm)を作りました。

設立の経緯としては、曲直部先生が国立循環器病センター総長でおられたとき、中国から来た人たちと一緒に中国医学による1次予防の勉強会をしていたのですが、それを土台にして国際シンポジウムにしようという曲直部先生の発案で国際シンポジウムとし1992年、94年、96年と3回開催しました。これは中医を西医のエビデンスで解決できないかという勉強会です。

東京には1994年から東京未病研究会を日本医大の福生先生を中心に行っており、大内尉義先生(東大)もそれに加わって、東洋医学の未病という勉強会をやっていました。1996年、先ほどの国際シンポジウムに、私が事務局をやっていましたので、彼らを中国に呼んだのです。その時、合併しようということになって、どちらも3回ずつ行っていたので、第4回を大阪ですることになり、私が会長になって学会にして、第4回日本未病システム学会を行いました。システムとしたのは、今の医療システムを守っていこうという意味でつけました【図1】。


只野:会名が日本未病学会でなく「システム」が入っている理由がよくわかりました。

日本の保険制度は、いま崩壊しかかっていますから、病気になるまで待てば、大変なお金を使うのですから間違いなく破たんします。

都島:破たんすると思います。


東洋医学に対してもエビデンスが必要

只野:だから未病の段階で堰き止めなければなりません。先ほど中国の話題が出ましたけど、いわゆる東洋的な未病のアプローチは、症状はあるけれども検査で異常が出てこないのです。今、日本で盛んにやっているのは、症状がないけれども検査では出てくる西洋医学的未病の研究です。この東洋医学的未病は検査法がないと思いますが、未病システム学会ではどういうアプローチをしているのでしょうか。

都島:学会はそういったところから一緒になったものだから、東洋の未病をやっている人もたくさん入っています。私の考え方はエビデンスに基づいた医学にしていくことです。現代未病医学というのを目指しています。東洋の未病を主体にするとエビデンスがないのです。私がなぜ中国で国際シンポジウムをやったかというと、中・西医結合で4,000年の有効性の歴史がある漢方や東洋医学を、西洋医学の方法でエビデンスを明らかにして解明できないだろうかということです。長く事務局をやっていたのですが、そういったことを目指した学会だったのです。


ロゴマークの意味

都島:今の漢方は、どこどこで採ったものは非常によく効くとか、どこどこで採ったニンジンがいいとか言われていますが、そういったことだけでは駄目だと思っています。結局、東洋医学的未病というよりも、西洋医学的未病をやっていかなきゃいけない。そこで、未病の定義付けをしようと、3年間学会で検討しました。東洋医学的未病をやっている人もいっぱいいますから、この妥協点として東洋医学的未病と西洋医学的未病という、私たちの作っているのはこの2つを入れたロゴマークになっているのですけども、西洋医学的未病は現代未病医学でこれはサイエンスでやっていこうということです。この部分が特定健診、特定保健指導にもつながる未病だというふうに思っています。日本未病システム学会の目指すところは、1)科学、サイエンスを行う。2)社会的ニーズに応える学問。3)現実の医療に即した現実的立場が必要。ということになります【図2】。



経験だけでなくサイエンスでの解明

都島:東洋医学的未病というのは昔からある伝統医学で、これはこれとして歴史的有効性のエビデンスがあると思います。ただ、この東洋医学的未病も、これは西洋医学的に scientific に解明して行く必要があります。4,000年の有効性の歴史があるので、これもどこかでちゃんとした理論が出てくると私は考えています。例えば、気功の効果は波動の問題として、宇宙工学の人たちも入って、波動医学から解明していくとか、まだいろいろ方法があると思っています。

只野:1992年にNIHに代替医療事務局ができて、98年に22番目の国立研究所としてNIHの中に、いわゆる相補代替医療研究所ができました。そこへ行って話を聞きましたが、当時(1998年)には既に2億ドルぐらいの予算で、13の大学にお金を出して研究させているとのことです。ところがやっているのが、生体磁気とか、指圧とか、気功ということですが、例えば、本当に気功の検出器を作ろうとか真剣になっているのです。日本は何となく、手品との境がないような感覚で受け取りますけれども、連中は科学的に解明しようとしています。それからいわゆる中医といわれる漢方にエビデンスがないといっても、4,000年の間ブラッシュアップされ、残った診療体系はエビデンスの塊(かたまり)じゃないかっていう言い方をするのです。ああいう大きなグループがあって、日本でも漢方っていう1つの大きな塊がありますが、未病の研究会としてもそういう中医との関連は、非常に大切になってくるのではないかという気がします。

都島:そこは今のサイエンスで解明していく必要があるということが私の考えなのです。宇宙をやっている人がNIHへ行って作った機器を見ました。その機器で波動を検出したり、作った。する新しい方法でどうなるだろうかということなどを、波動勉強会を始めて、その成果を未病システム学会で発表してくださいとお願いしました。そういった様々な研究会づくりで、4,000年の歴史でのなかの有効だといわれているものを科学的に証明していく必要があると思います。

只野:経験だけでなく、証明する必要があるということですね。

都島:それがないと医学という学問にはならないと思います。未病システム学会では今度、認定制をつくるのですが、初めは未病医と言っていたのですが、未病医学認定医としました。未病には医学というサイエンスをする必要があります。そうでないと未病は哲学になり誰も見向きはしてくれません。

高血圧、高脂血症、糖尿病、メタポリックシンドローム、これはみんな未病ですが、症状はないのだけども、検査値に異常があるということです。検査医学は1つのサイエンスです。こういった疾患の測定法も大事になってくるし、新しい測定法の開発も含めて未病サイエンスということを目指しています。


病気と未病との線引き

只野:もう1つ、今、われわれは高齢化社会に入っていますけれども、未病が老化の複合体っていう考え方をすると、全ての人は自然に年を取って機能が落ちてきます。例えば、腎機能が年とともに落ちてくれば、クレアチニンが上がってくる。呼吸機能は肺活量が落ちる。当たり前のことですね。いわゆる未病の世界では、老化と未病の線引きは、どこにあるのでしょうか。

都島:実は日本老年医学会で3年前に高齢未病というシンポジウムをやりました。「高齢未病はその人の持っている予備機能がなくなった状態をいう」としたのですが、どのように線引きをしたらよいかは非常に難しい問題です。臓器の予備機能がなくなれば1臓器不全でも老人では多臓器不全になり、死を迎えることになります。65歳以上の老年者では「何かの異常があったら未病とする」としました。高齢未病という概念をいろんなシンポジウムの中で討論しています。老年医学でいう老年者の介護予防、successful aging を目指す部分はまさに未病医学と同じ考え方です。システムの部分はこれから老年医学会が目指す部分だと思います。未病は生理的低下を越えて予備機能をどんどんなくしていく病態、高齢未病は少なくなった予備機能状態であり、予備機能を大切に保持するのが未病医学対策です【図3】。


只野:なるほど。それを進行させないでおこうということですね。

都島:ええ、予備機能の低下速度を進行させないことです。

只野:QOLを維持すればいいだろうという考えですね。

都島:そういう考えです。厚生労働省も今の老人保健の見直しで「いきいき85歳」と言っています。だけども85歳で本当に健康な人はそんなにいません。これはまさに高齢未病なのです。しかし、活力のある老人が生活をしていくというのは、高齢未病状態だと考えて良いのではないかと思います。これの対策を立てるということで、寝たきりにならない医療、いわゆる介護予防を行うことも未病対策と考えています。


検査値の概念の変更も必要である

只野:そうすると今の未病、日本ではやはり西洋医学的なアプローチで、症状がないけれども、検査値が異常になる。お年寄りは、大体、そういう人たちが出てきますね。

もう1つおうかがいしたいのは未病の検査値です。今の我々の使っている検査値は健康な人を集めて統計的に分析して、ある幅を付けて基準値とし、外れたものを病的だと言っていますけれども、未病の領域では検査値の考え方もかなり変えなくてはいけないということでしょうか。

都島:そうでしょうね。例えば、今度の特定健診、特定保健指導でHbA1Cが5.2%以上をメタポリックシンドロームにするというふうに言っています。糖尿病学会は5.2%っていうのは、肥満者なら誰もがなっている、ということで反対しています。一方では、私はHDLコレステロールが35mg/dL以下にならないと専門医に送るなということになりますが、HDLコレステロールが低い人は、ストレスや微小循環異常など何らかの異常があって低くなっている可能性があるわけです。それだけで線引きしていたのでは駄目だと思います。例えば、LDLコレステロール、あるいは総コレステロールが上がると、HDLコレステロールも上がってくるという代償機構というのは普通持っているのです。それができない人が問題であって、メタポリックシンドロームあるいは高TC血症があると、総コレステロール値やLDLコレステロール値は上がってもHDLは上がってこないのです。そうするとコレステロールが上がったらその差がどんどん動脈硬化をつくっていくのだというようなことを、指導の任に当たる管理栄養士に教えないといけないのです。HDLコレステロールは40mg/dL以下で動脈硬化性疾患が多いのですが、私はnon−HDLコレステロールをHDLコレステロールで割った値を atherogenic indexという考えを出したのですが今回は採用されていません。 atherogenic index が2.5以下だと正常者ですが、これが上がって3以上になると動脈硬化性疾患が多くなるといったデータを出しています。例えば、総コレステロールが260mg/dLあってもHDLコレステロールが70か80mg/dLであればこれは薬物治療する必要はありません。LDLコレステロールは140mg/dLを超えていても、HDLは一生懸命抜き取りをやっているという概念というのをつくっていかなきゃいけないだろうと思います。



医師にも患者にも教育が大切である

只野:そうですね。ただ、今診療の第一線で未病というか、まだ病気かどうかわからないのを診ている先生方は、単品指向ですね。コレステロールが高ければ下げよう、尿酸が高ければどうしようと。つまり、コレステロールが高くたって、HDLが高ければいいではないかという教育を受けてきてないですね。メタポリックシンドロームのこのプロジェクトが始まれば、すごい金をかけると思うのですけども、そういう考え方を普及させていくためには、どういうことが必要なのでしょうか。

都島:来年からやろうとする特定健診は、データが出てないこともあり、私は一種の研究だと考えています。厚生労働省が音頭をとって、一般の事業主にお金を出させた非常に大きな日本人を対象にしたメガスタディなのです。

只野:効果を期待してはいかんですね。

都島:研究のデータがどうなるかというのをじっと観察する必要があります。なぜかというと、この対策は患者さん、あるいは対象者にモチベーションをつくらないといけないということです。特定健診で栄養だけを言ってもモチベーションが上がるわけがないです。検査データの意味や病気との関連など、病気をきちっと患者さんに教え込まないと未病対策にはならないのです。

私の未病糖尿病外来では、9時半から10時半まで患者に講義をしていました。講義では病気はどういうものかを教えるのです。病気の発症機構、合併症の出る機序、合併症の症状などを分かりやすく教えます。それを10回位に分けて、例えば高血糖とは何か、動脈硬化とは何かとか、そういったことをずっと教えていくのです。かなり高度なことを教えます。そうしたら、講義に出るだけで薬は何も変えていませんが、HbA1Cが8%以上あった人が27%あったのですが、数カ月後には7%に減っちゃいました。未病の主治医は自分自身なのです。自分がどれだけ治そうと思っているか、病気にならないようにしようかということにかかってきます。それには、自分がモチベーションを持たなければだめです。

只野:もう一つぜひお聞きしたかったのですけども、もし特定健診の計画であれだけ壮大なことを厚生労働省がやったとしても、日本は臨床疫学のデータを出すのが非常に下手ではないでしょうか。

都島:その通りです。

只野:例えば、メパロチン®のコレステロールに対する効果の検討でも、本格的な薬効研究は、アメリカとかイギリスとかヨーロッパとかで三共がやったもので、日本の中からは本当のコホートのスタディというのはないです。

都島:本格的なものはないですね。脂質に関しては最近メガスタディやJLISやJLITなど普通に外来で行う治療法とその効果の比較であって、治療をした人としなかった人、病気(未病)の人とそうでない人の比較ではありません。

只野:今度の特定検診も多分、金を使った壮大な公共事業みたいなもので終わってしまうのではないかと懸念しています。今、先生が言われたことで非常に大切だと思うのは、実はアメリカで予防医療実践ガイドラインを1984年から88年までアメリカの予防医療研究班が作りました。それを読むと、我々が考えているような、いわゆる検査値から何かこの人がおかしいとかいうのは、ほとんど役に立ってない。

一番大切なのは、その人の生活スタイルを変えることである、といっています。もう1つは、教育に金と時間を徹底的に使えと言っています。そうすれば、もう間違いなく臨床検査をやるよりも、効果が上がるのだということを、壮大な実験をして証明しているのです。

この中でも例えば、尿の定性検査の血尿や尿蛋白を検討しているのですが、全部評価はD、Cです。DとCっていうのは全く効果がないということです。やっても金の無駄だとしています。それから糖尿病のスクリーニング、妊娠糖尿病は勧告では定期検診に含むべきと言っていますけれども、1型、2型の糖尿病の妊娠以外の成人に対するスクリーニングは定期検診に入れる必要はないと1988年に既に結論付けています。

今、先生がまさに大阪や慶應大でされている実験を証明していると思うのです。あれだけ金をかけるのだったら、もっと医師に対する教育だけではなくて、一般の人たちの病気に対する教育、保健教育をすること、それから健康に対するモチベーションを上げることに精力を使うべきではないかと思います。

都島:はい、その通りだと思います。だから私は、今、そういったことで、人間ドックを受けに来る人も毎日1時間講義をしているのです。講義後はデータを教えるだけでいいのです。

只野:そうです。

都島:病気とは何か? 健康とは何か? どうしたらこういったことが起きてくるか? ということの理論体系を教育しないと治そうという気にならないのです。

只野:患者をその気にさせるような動機づけが必要です。


タバコの害の教育内容

都島:例えば、なぜタバコが悪いのかということもきちっと教えないといけません。その結果、何が起こっているかということを教えることがものすごく大事です。タバコには煙が活性酸素を体内で生んで、細胞だけでなく染色体DNAだって傷付ける。コラーゲンを作らなくなる。そうすると何が起こるかというと、肺にもこういったことがあるし、血管にもこういったことがある。その結果何が起こってくるかということを教えます。コラーゲンができなくて弾力繊維が減るため動脈癌ができてクモ膜下出血が4倍多くなる。10年間毎日10本タバコを吸った女性の生んだ胎児のDNAの12%が傷ついており、新生児白血病は60%に傷がついていて、この染色体は免疫を司る部位という3年ほど前のJournal of Clinical Investigationの話などを、難しいのですが話をして教える必要があります。コラーゲンができないと紋ができるので、紫外線を浴びて肌が傷ついた漁師と同じような老人の顔となるというようなことを話します。また、厚生労働省発表の2005年度喫煙状況を見ると、タバコを吸わなかった男性の人口が50歳代から60歳代になると12%増えている。タバコ吸いが12%余分に死んでいる。タバコ吸いからみれば20%以上が死ぬことになる。タバコは、約1千万人いる50歳代で男性のうち120万人以上を殺しているサリンと同じ毒物であることを話します。多くは癌であり、死んだ本人や家族はタバコによって死んだとは思っていない。

只野:タバコは強烈な細胞毒ですからね。

都島:タバコを吸っている人の体中でダメージを受けているというような話をします。

只野:例えば、糖尿病だってHbA1Cの数値が高いことだけでなく、ブドウ糖が高いということは体全体が砂糖漬けになっている。砂糖漬けになるとどういうことになるか、ということがわかると、多分、彼らはHbA1C値を下げなければいけない、という気になると思います。ただ、糖尿病だからこういう薬をこうしろ、運動をしろ、やれ1,400キロカロリーでいけといっても解決しません。


細胞の状況についての教育

都島:僕はもう1つ教育のなかで、細胞がどういう状況になっているかということを話します。人間の体は細胞を生かすために、すべてのことをやっている。60兆という細胞を生かすために、循環や栄養供給を行っています。だからコレステロールも必要なのです。細胞膜はみんなコレステロールでできている、というような話を患者さんにするわけです。細胞にエネルギーが行かないときはストレスである。走ったときはどうなるでしょう。ドキドキするでしょう。細胞のグリコーゲンと酸素がなくなるからハアハアするでしょう。酒を飲んだときはどうなるでしょう。血管が開いて顔が赤くなりドキドキするでしょう。細胞にエネルギーが行かないから、一生懸命ストレスホルモンを出しています。そのストレスホルモンが何をやっているかというと、拍動を増やし、血管を収縮して血圧を上げ、腹が減ったときには、エネルギーがないときは、脂肪細胞にはストレスによって活性化するリパーゼがあって、脂肪を分解しているのだというような話をします。これによってどんどん脂肪酸に分解しているのだという 27)、血管がストレスホルモンで収縮して細くなったときには末梢細胞に血液が行かない。そうするとストレスを感じている。糖尿病の人ではアドレナリン量を測っているのですけど殆どの人が高いのです。血糖が高いということは、細胞の中にインスリンが足りなくて、エネルギーが入って行ってないから、細胞は栄養失調で非常に強いストレス状態になります。それによってアドレナリンが出るから血管が“ぎゅっ”と収縮し血流を悪くする。また、ストレスはインスリンの効きを悪くする、この悪循環がメタポリックシンドローム、あるいはいろんな糖尿病の悪循環だと話をします。


糖尿病とアドレナリンの関係

只野:悪い言い方ですが、糖尿病の患者さんの中にはちょっと精神的に不安定状態の方がいますね。外来で揉めごとを起こすのは、糖尿病の患者さんが多いですね。

都島:そうなのです。ストレス状態なのです。

只野:ストレス状態なのですね。

都島:アドレナリンが高いのですよ。

只野:アドレナリンが高いから、糖尿病の人がイライラしていることはよく分かります。

都島:僕らは肥満の人を主として教育治療入院してもらい、その中にメタポリックシンドロームと糖尿病も含まれています。こういう人たちは、入院したときにはほとんどがアドレナリン、ノルアドレナリンが高いのです。アドレナリン、ノルアドレナリンはエルゴメーター自転車こぎを踏む前、運動中、休息10分後、精神的な影響を運動することでなくして、アドレナリン、ノルアドレナリンを測ったのです。それから14日間食事療法をして、同じことをやってみると、糖尿病では食事療法をやりますから、糖尿病ではなくなる人もいますし、初めから糖尿病でない肥満の人もいますし、こういう人はみんなアドレナリンやノルアドレナリンも正常化しますが、糖尿病状態が続くOGTTで食事療法前後ともに2時間血糖値が200mg/dL以上の人はいつまでも高いのです。

このことは、糖尿病の状態があるということは、たとえ体重が減ったとしても、FFAを使っていることを示唆します。FFAを異化するにはアドレナリンを出さなければなりません。糖からできるエネルギーが少ないからストレスホルモンを出し続けます。

只野:アドレナリンが出れば、当然、血圧も上がりますね。

都島:血圧が上がってくるから、糖尿病で血圧が上がる人は多いことになります。メタポリックシンドロームはこれなのです。

只野:そうですね。

都島:例えば、高感度CRP、アディポネクチン、特に高分子量アディポネクチンなどを調べましたけれども、それほどメタボリックシンドロームでもストレスホルモンほどはっきり影響が出てきません。私はアドレナリンなどストレスホルモンがメタポリックシンドロームの最上流にあると考えています。


ホメオスターシスの維持

只野:今日どうしてもお聞きしたかったのは、未病にバイオマーカーがあるだろうか、ということです。例えば、酸化で体が錆び付くことからいえば、LDLだったら酸化LDLに変わるとか、あるいは蛋白が変わるとカルポニル蛋白になる。老化蛋白ですよね。結果としてそういうものはあるのですけども、先生のお考えでは基本となっているのはアドレナリンが中心となるということでしょうか?

都島:ホメオスターシスを保つため、生体のなかではいろんなことが起きているのだろうと思います。脂肪細胞が大きくなったのはなぜ惑いか。元へ戻そうということで生体の中で一生懸命どこかから指令が行っていると思うのです。そこの指令はおそらく、自律神経だとかホルモンだとか、いろんなものが関与しているけども、昔から言われているように、「故きを温ねて新しきを知る」という考え方でやらないと、古い科学的登場人物が消えてしまう。新しいものを研究しないと学問の世界では注目されないのが最近の研究者の考え方なのです。

只野:新しいものを研究しないとペーパーになりませんからね。

都島:ペーパーにならないから、みんな新しいことばかりやるのだけれども、その前に過去のデータとの関係はどうなっているかとか、そういったことを見ている人が少ないのです。

只野:そうですね。

都島:だから「故きを温ねて新しきを知れ」というのは、今、思っていることです。

昔はみんなが一生懸命やったことが忘れ去られ、たとえばスタチンの pleiotropic effects に集約され、コレステロールの生体内の役割が隠され、さも新しいことのような考え方で進んでしまう。大切なデータをどこかに忘れて来てしまい、新しいことばかりやっているので全体は見られなくなって来ている部分があると思います。コレステロールを下げさえすればよいというのは乱暴な考え方で、下げることによって急性関節リウマチやSLEなどの疾患、さらに変形性関節症の増悪や発症、貧血等が悪化する人が多く出ていますが、動脈硬化の予防治療に夢中になると患者の訴えに耳を貸さないで医原性症状が出ることが多くみられます 29)。まだ、現実に医学や医療の現象の中に black box として多く含まれています。

只野:特に、日本は大学の学位制度がよくないと思います。ネズミのしっぽから血を採って、CとAが2つ、3つ入れ替わるのを見つけるとこれで1つの論文ができます。臨床的な論文は、皆さん、書かなくなったのですね。それだけでなく、中国医学やインドのアーユルベーダのような医学に関して、もう一度、科学的に解析をしようという人がいないですね。

都島:いないですね。


新しい方法でものを見る工夫

只野:アメリカが偉いと思うのは、NIHに行ったときに彼らの話を聞くと、例えば、10数年前にスイスの氷河の中から見つかったアイスマン、あれを調べると10数カ所に色の付いたマーカーみたいのがあって、初めはタトゥじゃないかと思っていたらしいのですが、よくよく調べると2カ所だけがちょっとずれているけど、全部、ツボと一致しているというのです。だから多分、中国でツボが発達したとすると、ヨーロッパでも3,000年ぐらい前に知っていたと思います。これは偶然ではないと思います。

もう1つは、日本で漢方の人はお腹ですけども、中国は脈を診ますね。先生は循環器ですからよく分かると思いますが、僕なんかせいぜい整か不整、弱いか強いかぐらいしか分からないのに、300ぐらい手で分析する人がいるらしいのです。それをアメリカへ連れてきて、コンピュータで脈を解析すると、確かにパターンが200~300あるようです。それを今の病気に結び付けようと研究しています。こういう非常に古い、しかし、今、残っているようなものをもう1度掘り直してやって行くのは、この未病の世界でも大切なことと思います。

都島:そうだと思いますね。だから「故きを温ねないといけない」部分があると思います。

只野:出てきますね、はい。

都島:それで新しい方法で診ていくという、そういった解析法というのはこれから必要なんじゃないかなと、私は思うのです。やっぱり全体を見ないといけません。

只野:鷹が上空から全体を見渡すような鷹の目をもって観察する必要があると思います。

都島:今の科学で解析すると、こういったところの一部しか見ていません。ちょっとした変化がどうの、こうのと言っていますが、それも大事なのだけれども、それをもう一度、全体で見たときにどうなるかということ、そして理論を考えてみる必要があります。全体をこういうふうに見ていくというような、そういった癖をつけることが大切です。それから臨床と基礎とは行ったり来たりしないと、臨床研究はできないと思います。最近の医学教育では、基礎へ行ったままで臨床に戻ってこないというような人が多い気がしているのです。

只野:基礎に行く人自体が非常に少なくなりましたし、臨床から論文を書くときだけ2、3年、ちょっと行かされるようです。行く所も、今は病理ぐらいがせいぜいで、生化学となると、とても俺たちには無理という感覚です。なかなか難しい世の中になってきました。医学教育から作り直しですかね。

都島:そうですね。私は救急医療の場で見られる、マニュアルで扱っていって、考えない癖がついてしまう医療が増えているのも問題だと思います。特に老人が増えて、すべての臓器の予備能がなくなっている場合は、考える医療が必要になってきます。そうしないと別の医原病を作ってしまう。例えば心不全から脳梗塞、脳梗塞治療中に心不全というふうに、水代謝が反対の場合に行き過ぎのような。医学部教育も今は足りないところ、いっぱいありますから、そこのところは補充しなきゃいけない部分があると思うのです。いわゆる、基礎医学と臨床医学というのも、この一緒にやっていく、昔、私らのときはよくあったのですけども、そういった交流というのをもっと盛んにやらないといけないような気がしますね。ところが、今、交流できる人が減っているのかな、上の先生でも。基礎やったら基礎ばかりで偉くなっちゃっている人がたくさんいますから。

只野:だから細かいことでないと論文ができないし、今の日本の制度では論文の目方で偉くなりますから(笑)。だからちょっと医学的には問題です。

都島:問題ですね。

只野:こういう未病っていう、今のわれわれはもう既病っていうか、いわゆる病気になった人をずっと扱ってきた。新しい概念が出てきて、これからまた少し日本の医学、あるいは医療の考え方を変えていかなきゃいけない。

都島:変えていかなきゃいけない。現状を反省しながらきちっとしたものに、構築していかないといけないというように思っていますね。未病医学は病気にしない健康長寿、福寿を求める新しい科学的、社会的学問であり医療として、追究し推進したいと思っています。

只野:今日は先生の専門の分野から未病の分野まで、幅広いお話、ありがとうございました。


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9)京谷晋吾,都島基夫,原納 優:トノメトリー法圧脈波測定による動脈脈波速度簡易測定法の評価と疫学調査への応用.第4回非観血的連続測定血圧研究会記録集, 4:38−41,1994.

10)都島基夫,池田佳代子,京谷晋吾,鈴木正昭,洪秀樹,西大傑靖子,原納優:高血圧と動脈硬化−  Perfusion Metabolism Theory一 健康医学一日本人間ドック学会誌−, 8:96−103,1994.

11)都島基夫,南部征喜,西大條靖子,洪 秀樹,草竹宏美,山本 章,池田正男:血栓と脂質に関する研究第5報,−EPAの脂質および凝固系に及ぼす影響について 血液と脈管,15(3):281-284,1984.

12)都島基夫.西大條靖子,丸山太郎,川村 顕:血流と血管壁のバイオメカニクス,(8)総頸動脈血流と容積弾性率に関する疫学的,臨床的検討,脈管学,32(1):43−47,1992.

13)予防医学実践ガイドライン 米国予防医学研究班報告 福井次矢監訳1993,医学書院

14)Motoo Tsushima, Yoshio Ishida, Kazuki Fukuchi,Yoshinori Miyake, Masayoshi Sagoh, Hisashi Oka: Attenuated Resporue of Myocardial Flow Reserve to Lipid−Lowering Therapy with Atorvastatin in Patients with Familial HyperCholesterolemia. 第68回日本循環器学会年次学術集会, 2004年3月27−29日,東京国際フォーラム ファイアサイトリサーチ English Session

15)M.Tsushima, Walter E.,Augustin J.,Weber E.,Schlierf G.: Einfluss der Triglyzeridlipase und des Antithrombin III auf die Plattchen aggregation. Fibrinolyse, Thrombose, Hamostase. ed. by E.Deutsch, K.Lechner: 694−697 Schattauer Verlag, Stuttgart−New York, 1980.

16)都島基夫, E.Walter, J.Augustin, E.Weber, G.Schief: 血栓と脂質に関する研究(2),−リボ蛋白リパーゼ(肝性リパーゼ)の血小板機能に及ぼす影響について−, 動脈硬化, 9:577−583,1981.

17)M.Tsushima, E.Walter, E.Weber, G.Schlierf: Antithrombin III concentrations, Platelet aggregation and triglyceride levels in patients suffering from hyperlipoproteinemias. − Preliminary reports, Antithrombin III − Biochemistry, Function, Assay and Clinical Significance. ed by E.Wenzel, K.Niehaus, RD Rosenberg 159−162, Verlag Ermer KG.(Ann.Univ. Sarav. Med. Suppl 3 .)1983.

18)都島基夫:(解説:特別講演)動脈硬化リスクファクター集積症候群における微小循環の関与, 日本バイオレオロジー学会誌,11(1):2−14, 1997.

19)Kayoko Ikeda, Masaaki Suzuki, Motoyoshi Ikebuchi, Yasushi Hara, Motoo Tsushima,  Akira Yamamoto, and Yutaka Harano: Hyperbetalipoproteinemia with Small Low− Density Lipoprotein, Characteristic Disorder of Lipoprotein in Essesntial Hypertension J Diab  Comp, 9;227−229, 1995.

20)洪 秀樹, 南部征喜, 村上啓治, 都島基夫, 西大條靖子, 藤井繁樹, 池田正男:塩酸プラゾシンの血清脂質に対する影響について,- A single blind crossover trial with trichlormethriazide -, 動脈硬化, 13(2):327−333, 1985.

21)Masaaki Suzuki, Yuko Kimura, Motoo Tsushima, Yutaka Harano: Association of insulin resistance with salt sensitivity and nocturnal fall of blood pressure. Hypertension,35:864−868, 2000.

22)角田裕, 都島基夫, 石田良雄, 京谷晋吾:高トリグリセリド(TC)血症は細動脈血管抵抗時の細動静脈シャントによる毛細血管LPLへの基質供給低下による空転でおこる − perfusion metabolism theory 第6報-第103回日本内科学会講演会, 2006.4.14-16. パシフイコ横浜

23)都島基夫:シンポ「認定制を視野に入れた各セクションからの未病」, 医学の分野から, 日本未病システム学会誌, 9(2):198, 2003.

24)都島基夫: 老年医学における未病 未病医学の概念と高齢化社会における必要性 -介讃予防に向けて- 日本老年医学会誌, 43:74−77, 2006.

25)都島基夫, 永田健二, 笠間敏男, 西大條靖子, 洪秀樹, 藤井繁樹, 南部征喜: 高コレステロール血症における低エネルギー下, 飽和脂肪酸負荷の影響, 家族性高コレステロール血症の経静脈栄養における治療 Ceriat.Med.,23(10):1753−1762, 1985.

26)都島基夫, 井上啓史, 上垣内郁, 菅野 亘, 奥山啓二: 患者の Motivation を引き出す未病糖尿病外来の新しい試みと有用性 日本未病システム学会誌, 10(1):85−87, 2004.

27)都島基夫, 高木 洋: 老化にともなう代謝異常と心機能の変化 -Macroangiopathy 発現要因とての代謝異常, 日本老年医学会雑誌, 24(3):233−238, 1987.

28)都島基夫: 糖尿病とバスキュラーラボ Diagnosis;診断基準を日常診療にどう応用するか. Vascular Lab, 4(3):272−278, 2007.

29)都島基夫, 洪秀樹, 鈴木正昭, 宮本恵宏, 日生下亜紀, 吉政康直:高コレステロール血症治療中にリウマチ様関節症状をきたした症例の検討第99回日本内科学会講演会, 2002.3.28−30, 名古屋